ししもとの読書ノート2.0

自分らしく生きるために知識をつける

今更ながら『騎士団長殺し』を読んだ

若い頃に村上春樹氏の『ノルウェイの森』で衝撃を受けて以来、彼の著作はわりと読んできたと思う。

『騎士団長殺し』も発売直後に書店で単行本をゲットしたのですが……。
数十ページくらい読んで、そのままになっておりました。
(調べたら2017年2月の発売なので……もう6年半も経過している)

これは別に、冒頭がつまらなかったから、というわけでもなくて、なんだか、年齢を重ねるうちに小説があまり読めなくなってしまって。

いや、読めないというか、「没頭できない」のほうが近いのかな。

みずみずしい感性を失ってしまった、というか。
より現実主義的になってしまったというか。

で、まあ、なぜ6年半も経って、今更読むことにしたかというと、単なる本棚整理です。

読まずにそのまま手放そうと思ったのだけれど、それはどーーーうしても抵抗があり。
「そんなら気合入れて読もう!」ということで、この土日で読みました。

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思ったこと

全体像をとらえるとしたら

騎士団長殺し :第1部 顕れるイデア編

 

けっこう急いで読んだので、全然理解できていないのかもしれないけれど。

話の全体像を一言で表すなら「(人生における)場面転換の話」かと私は思いました。

平凡な日常が続くと思っていたら、不思議なことがたくさん起こって、各登場人物の内的あるいは外的世界にドラスティックな変化が生じて、人生の新しいステージに入る、というような。

たぶん、そういったことは現実を生きる我々の誰にでもあって。
ただ、多くの人は、そこまで劇的な変化ではなくて、じわじわと、変化しているんだかいないんだかもわからないような変化量で進んでいくのかもしれない。
気づいたら変化を受け入れている、というほうが近いのだと思うのですが。

それを小説という舞台装置を使って、懇切丁寧に、でも山あり谷ありに、描き上げている、というふうに解釈しました。
全然的外れかもしれない。

私自身の変化を感じた

本の内容云々よりは、読書を通して私自身の変化を感じたのが大きかった。

『ノルウェイの森』とか、かつて若い頃に読んでいた彼の著作は、私にとって、「作品中に引きずりこまれてしまって、何日が戻ってこられない」ようなところがあった。

でも、(もちろん著者自身が年齢を重ねた影響もあるのだろうけれど)そういった、心を握りつぶされるような感覚は、少なくとも今回はなかった。
世界観に入り込みすぎず、どこか俯瞰の目も持っているような。そしてその俯瞰の目を閉じられないような。

実用書ばかり読んできたので、そういった端的な文体や構成に慣れてしまったこともあると思うけれど。

それを考慮しても、本質的には、私が以前持っていた「痛み」が、ある程度癒されたということなのだろうという気がする。

その大部分は「若さ」で形容できるものなのかもしれない。

若い頃特有の「苦しさ」というか、あの胸がいつもピリッとしている感じ、あれが消失してかなり生きやすくはなった。

けれど、あのピリッとした感じが定常状態だからこそ、感じられるものもあったのだなあと思う。
苦しすぎて、抜け出すことしか考えていなかったけれど。
(そしてもう戻りたくはない。)

ポジティブなものであれネガティブなものであれ、人生の各段階において、そのときどきでしか感じられないものがあるのだなあ、なんてことを思ったりする。

そう思うと、若いころのあの苦しさや、30代の始まりころの「女性としてもう旬は過ぎた」的な、焦りのような諦めとか(今思えば全っっ然若いのだが)、30代後半でちょっと持ち直しつつ40が見えて絶望する感じとか、もっと丹念に味わっていればよかったような気もする。

でも、そのときどきではとても辛くて……そんな余裕はなかったなあ。今もない。

今私は40代に入っって少しのところなのだけれど、おおむねいい意味で、いろいろと本格的に諦めのムードが漂っている。

かなり自分との折り合いがついて精神的には平和なのだけれど、肉体的な変化が露骨に現れてきて軽い絶望もある。

平和の時間軸にときどきヒヤッとする絶望、それもわりとエッジの効いた絶望がたまにあって、「でもしょうがないよなあ」と自分をなだめる感じ。

中高年が集まると健康の話をおもしろおかしく語り合うことになるのは、このヒヤッとする絶望からくるのだろうな、と思う。
「膝が痛い」「腰が…」「トイレが近くて……」「骨密度が……」「目が……」
本気のトーンだと深刻になってしまいかねないけれど、笑い合うことで救われるのだと思う。
「私だけじゃないんだ」と思えることは大きい。
でも一人になると、けっこう悩んでいたりもしたりするんですが。

こういった軽い絶望も、あとから振り返ったら「いうてもまだまだ自由に動けたし、もっといろいろなことを体験して感じておけばよかった」と思うのかもしれないですね。

年上の人が書いた「〇十代にしておくべき~」みたいな本にはそういったことが書いてあるのかもしれない。
と思ったけれど、あくまでその人(著者)の考えてであって、私がのちにそう思うかは別なんだよなあ……人それぞれ本当に違うから。
(たとえば……私は小食で胃腸も強くないので、ちまたにあふれる食事本を参考にしていると栄養不足気味になってしまうように)

話がちょっと逸れてしまった。

ふだんなら、まとめのようなものを書くのだけれど、今日のところはこのまま終わりにする。
そのほうが適切だと思うので。

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