西村佳哲氏の『自分の仕事をつくる』を読んで考えたことをまとめています。
(本の全体像は>>>自分自身を傷つけないような働き方を考えるための本 |感想『自分の仕事をつくる』 )
一流の仕事に感動するのはなぜか
著者はまず、なぜ一流の工芸品や、一流スポーツ選手のプレイに感動したりするのかという問いを投げかけてきます。
それに対して次のように考えています。
人間は「あなたは大切な存在で、生きている価値がある」というメッセージを、つねに探し求めている生き物だと思う。そして、それが足りなくなると、どんどん元気がなくなり、時には精神のバランスを崩してしまう。
「こんなものでいい」と思いながらつくられたものは、それを手にする人の存在を否定する。
引用元:西村佳哲『自分の仕事をつくる(ちくま文庫)』筑摩書房(2009)p.10-11
一流のモノ・コトに感動することを通して、私たちは生きている価値を感ずる、と私は解釈しました。
というのも、私自身もこんな経験があります。
好きなバンドのライブに行ったとき、とてつもなく感動して、誇張でなく本心から「あー、生きててよかった」と思ったのです。
同時に、むくむくとやる気が湧いてきて「私もがんばろう」とも思いました(いつもやる気が足りなくて困っているのに)。
一方で、もしも「こんなもんでいいでしょ」という姿勢が透けて見えたりしたら、どんなに好きなバンドやアーティストでも、次第に魅力が薄れていってしまうような気がします(幸い、経験はないですが)。
努力したからといって、時間をかけたからといって、必ずしも一流を生み出せるわけではありませんが、だからこそせめて「こんなもんで……」はなるべく避けたいと思うのです。
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不本意な仕事を続けているとつらくなってくる
とはいえ、現代社会では効率化が重視されているので、「一流の仕事を」と思えども、現実的にはなかなか難しい面もあると思います。
時間がタイトなので、「不本意だけど仕方ない……」ということも現実的には多いと思います。
実際のところ、かなり芸術寄りの、自由度の高い仕事でないと、こだわってなどいられないでしょう。
自分の意思はどこかに置いて、目の前のことをとにかく納期までにこなす。
それがスムーズにできれば、有能と評価されることも多いです。
しかし、そのような働き方をした結果、私はモヤモヤが止まらなくなってしまいました。
自分よりも、自分から切り離された「アウトプット」だけが求められているような。
自分に、ではなくて、「アウトプット」にだけ価値があるような。
それってロボットと何が違うんだろう。
自分がもぬけの殻になってしまったような……。
考え出すと、虚しさが押し寄せてくる。
著者もこのように述べています。
人々が自分の仕事をとおして、自分たち自身を傷つけ、目に見えないボディブローを効かせ合うような悪循環が、長く重ねられている気がしてならない。
引用元:西村佳哲『自分の仕事をつくる(ちくま文庫)』筑摩書房(2009)p.11
ブラック企業などでは、明らかに雇われる側が身を削っていますよね。
そこまでいかずても、「とにかく結果を!」というスタンスの職場であれば、自分自身を傷つけざるを得ないのでは、と思います。
自分を傷つけないような働き方をしたい
しかし、逆の見方もできる。
つまり、自分自身を傷つけないような働き方をすればよいわけです。
この世界は一人一人の小さな「仕事」の累積なのだから、世界が変わる方法はどこか余所にではなく、じつは一人一人の手元にある。
引用元:西村佳哲『自分の仕事をつくる(ちくま文庫)』筑摩書房(2009)p.11
では「自分自身を傷つけないような働き方」言い換えれば、「自分が納得できるような働き方」は、どのようにしたらできるのでしょうか。
本書では、「いいモノ」を作っている人たちから、その共通項を見出しています。
次の記事に続きます。
>>>いいモノを作っている人の働き方に共通すること2つ|感想『自分の仕事をつくる』
参考文献
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