ししもとの読書ノート2.0

自分らしく生きるために知識をつける

「失敗」がのちの成功につながっているケースは想像以上に多い|『失敗図鑑 すごい人ほどダメだった!』

以前、メンタリストDaiGo氏の『後悔しない超選択術』に書いてあったエピソードで印象深いものがありまして。

チャーリー・マンガー氏(ウォーレン・バフェット氏の右腕)は、他人のものも含めて、あらゆる「失敗」をノートにつけていたそうです。
何かを選択する場面では、その「失敗ノート」を見返して、ミスを未然に防いでいたそうで。

成功の真似をするだけでは、必ずしも成功しない(成功にはいろんな要因があるので)が、致命的なミスを防ぐことで成功に近づくことはできる、という考え方です。

この「失敗ノート」の考え方、なるほどな、と思ったんです。

私はクヨクヨするタイプなので、自分自身の失敗はすごく覚えているんですけど、他人の失敗って、そこまで覚えてはいないですよね。

それはそれで、良い面もあるとは思うんですが。

他人の失敗って、「この場面で〇〇さんがこういう選択をすると、結果はこうなる」という、ある意味「実験結果」を見せてくれているという捉え方もできるな、と。
だったら、その知見を活かすのも、一つの手じゃないかな、と。

そこで、私も『失敗から学ぶノート』を最近作りまして。

『失敗から学ぶノート』をつくったせいか、「失敗」を分析するような本がここのところ気になるのです。

子供向けのようですが、気軽に読めそうだったので、読んでみました。

大野正人『失敗図鑑 すごい人ほどダメだった』Kindle版(2018)

失敗図鑑 すごい人ほどダメだった!

失敗図鑑 すごい人ほどダメだった!

  • 作者:大野正人
  • 発売日: 2018/04/27
  • メディア: Kindle版
 

 

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どんな本?

偉人って、「天才」とか「すごい人」というイメージですよね。
たしかにそれも一理あるんですが、彼らもまた人間。
ゆえに、人間らしい失敗をすることもある。
あるいは才能があるがゆえの失敗で、けっこう苦労しているんですよね。

成功には失敗がつきものですし、失敗を極端に怖がると、一歩も進めなくなってしまいます。

だからこそ、「普段から失敗に慣れておこうよ、偉人だってこんなに失敗しているんだから、恥ずかしくないよ」といったスタンスの本です。

子供さん向けですが、その分わかりやすく書かれていますし、「へー、知らなかった」ということもあって、楽しめました。

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印象深かったところ

斬新すぎて理解されなかったピカソ

ピカソといったら「天才画家」のイメージですよね。

でも、初めてピカソの『ゲルニカ』を教科書で観たときは「なんでこれがいいんだろう??」と不思議でたまりませんでした。

後に、別の作品を観て「ああ、ピカソって、むちゃくちゃ絵がうまいんだ。『ゲルニカ』はあえてああいう描き方をしているのか」と一応は納得したんですが。
それでも、「せっかくうまいんだから普通に描けばいいのに」なんて余計なことを子供ながらに思ったりしましたけど。

実際、ピカソがキュビズムの発端となった作品『アビニヨンの娘たち』を発表したときも、世間からは全く理解されなかったそうです。

本作を書くまでに100以上の習作を重ね、何年もかけているそうですから、ピカソにしてみれば大ショック。

しかし、『アビニヨンの娘たち』のすごさを理解した人が二人だけ居たのです。
彼らの評価や説明もあり、ピカソの絵のすごさが伝わっていって、今や「天才」と呼ばれるほどの存在になりました。

ピカソの絵を理解した二人は「この絵はほんどうに新しいもの(概念)だ」とわかっていたんですね。

本当に新しいものの中には、それが生まれるまでに費やされた時間の分だけ、たましいが宿ります。そして、そのたましいに心を揺さぶられる人が、必ずどこかにいるものなのです。

『失敗図鑑 すごい人ほどダメだった』P.123より引用


世間から理解されないことは、その時点で見れば「失敗」かもしれません。
ですが、ピカソの場合は最終的には成功への布石となりました。

ある時点では「失敗」に見えるようなことも、最終的にはどうなるかわからない。
このパターンは死後に評価されるようになった偉人にもよくありますよね。

だから、そのときは「失敗」に思えるようなことがあっても、学べるところを学ぶなり、時代がフィットするのを待つなりして、必要以上に失敗を引きずらないことも大事なのだろうな、と思いました。

本当に新しいもの

 「あたらしいものを生み出したい」とか「自分ならではのオリジナリティがあるものを」って、だれしも一度くらいは考えたことがあるのではないでしょうか。

革新的なものを生み出せる人って、憧れますものね。

そういう人に対し、「最初から才能があったんだろう、いいなー」と思ってしまうんですが、実は新しいものを生み出せることの背景には、それなりの理由があるんですよね。

ピカソの場合も(もともと才能があるのに加えて)、『アビニヨンの娘たち』を100回以上も練習をしているんですよ……。

私などは、せいぜい数回練習したら「もう〇回も練習した。これ以上のものができることはない」と思い込んでしまって、そこでやめてしまいます……。

これが、天才と凡人の違いの1つなんだろうな、と思ったのでした。

別の言い方をすると、才能がある人は「細部」が見えるんでしょうね。
細部が見えるからこそ、「まだここを治したい」「バランスがよくない」などと、直すところがいっぱいあって、完成までに100回以上練習ということになるんでしょう。

その結果、既存のものに飽きが出て、新しいものを作りたくなるという感じなのかも。

すぐに「これでいいや」とか「あと何回練習しても同じ」と思ってしまう自分を反省しました。

「新しいことをやってみたい」「人がやっていないことをやりたい」などの気持ちで始める「新しいこと」は、何しろ目的が「新しいことをやること」なので、結果はどうでもよいことが多く、大したものを生み出さずに終わるこがほとんどです。
 だから、みんながもし、世の中を変えるような「本当の新しさ」を作りたいと思うのなら、ピカソを見習い、まずは「自分がやりたいこと」をとことんまで考えつくすことをから始めてみてください。

『失敗図鑑 すごい人ほどダメだった』P.122より引用


上記引用にあるように、私は「新しいことをやること」が目的になっていました。
だからこそ、すぐ飽きるんだな、と納得しました。
「新しいこと」は、やり始めたらもう、新しいことではなくなるから。

世の中を変えるような「新しいこと」は、そんなに簡単には作れなくて当然ですよね。
「新しくないもの」をとことんやりつくすことでしか、「本当に新しいもの」は生まれないのかもしれません。

何度も練習できるとか、飽きずに繰り返せるって、「才能」なんですよね。

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おわりに

本書で紹介されていた偉人に共通しそうなことを一つ挙げるとすれば、
「自分にはコレだ!」というものごと(自分が譲れないもの)だけはあきらめない
というところかな、と。

「嫌われようがなんだろうが、これだけは譲れない」と思えること、それ自体がある意味才能なのかな。


全体的な感想としては「偉人は偉人で、めっちゃ苦労しているな」ということでした。

「何らかの才能を持って生まれていれば……」とか「美男美女に生まれていれば……」なんて一度は考えますけど、持って生まれたら生まれたで、大変なんですよね。

もちろん平凡に生きていてもそれなりに苦労はありますから、「あー、生きるって大変!」と思いました。

世の中を変えるような逸材でも、これほど失敗したり苦労しているのか、と思うと、「人生に山や谷はあって当たり前」なので、必要以上に心を乱されずに生きていきたいと思いました。

「めげない」ということですね、なるべく。